次世代原子炉「小型モジュール炉(SMR)」建設など、最大730億ドル(約11.5兆円)に及ぶ対米投資第2弾の共同文書を発表。トランプ関税を回避しつつ、米国内でのエネルギー生産を支援する実利重視のディールといえる。
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日米首脳会談、11兆円規模のエネルギー投資で合意
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ニュースの概要とディールの構造的背景
2026年3月19日、米国の首都ワシントンに位置するホワイトハウスにおいて、日本の高市首相と米国のトランプ大統領による約1時間半にわたる首脳会談が開催された 1。この会談の最大の成果として、エネルギー分野を中心とする最大730億ドル(約11兆5000億円)規模の対米投資に関する共同文書が発表された 1。この投資パッケージは、両国が前年に合意した総額5500億ドル(約87兆円)にのぼる対米投融資枠組みの「第2弾」として位置づけられるものである 1。
この巨額の投資枠組みの背後には、通商政策と経済安全保障を巡る日米間の高度な政治的・経済的取引(ディール)が存在する。米国側は、日本からの輸入品に対して課す一律関税および自動車や同部品への追加関税を15%に設定することに同意している 2。この15%という税率は、米国が貿易黒字国と結んだ相互関税率の中では相対的に低い水準であり、日本側にとっては、当初トランプ政権が示唆していた25%の追加関税が適用された場合の、国内基幹産業である自動車産業の輸出競争力の著しい毀損を回避するための重要かつ実利的な措置である 6。
一方、米国側から見れば、この合意は自国の産業基盤再構築とエネルギーインフラの強化を、同盟国からの巨額の資本流入によって実現する明確な意図がある。トランプ政権は、関税という強力な通商圧力を梃子にして日本から大規模な直接投資を引き出し、米国内の雇用創出と製造業の回帰(リショアリング)を促進する正当な成果として、この合意を位置づけている 3。すなわち、本合意は日本が関税負担の急増を回避しつつ、米国の経済安全保障上の要請に応えるという「実利重視」の構造を成している 3。先般公表された第1弾の投資(約360億ドル規模のガス火力発電や原油輸出インフラ等)に続き、今回の第2弾の決定により、全体の約2割の具体的な使途が固まったことになる 2。
総額730億ドル規模の投資内容の詳細(エネルギー投資分野)
今回発表された第2弾の投資内容は、エネルギーインフラの拡充と安定供給の確保に向けた事業に特化して構成されている。具体的なプロジェクトは、次世代原子力発電と天然ガス火力発電の2つの領域に大別され、さらに将来の第3弾に向けた化石燃料や大型原子炉の検討課題も含まれている。以下の表は、本合意におけるエネルギー関連投資の構造を整理したものである。
| プロジェクト分類 | 建設予定地 | 事業主体・主要参画企業 | 最大投資額 | 事業の目的および背景 |
|---|---|---|---|---|
| 小型モジュール炉(SMR) | テネシー州、アラバマ州 | 日立製作所、GEベルノバ(合弁)、東芝、三菱電機(部品供給) | 400億ドル | 次世代の大規模安定電源の確保、米国民の電力価格安定化、日米の技術的リーダーシップ強化 2 |
| 天然ガス発電施設 (1) | ペンシルベニア州 | 日本企業群(設備供給)、米国事業者 | 170億ドル | 急増するAIデータセンター向け電力需要への対応、経済安全保障上の供給網構築 2 |
| 天然ガス発電施設 (2) | テキサス州 | 日本企業群(設備供給)、米国事業者 | 160億ドル | AI需要に対応するベースロード電源の拡充、電力網の安定化 2 |
| 中長期的なエネルギー開発 | 米国内の有望油田等 | 日米両国政府・民間企業 | 未定(第3弾以降の候補) | イラン情勢緊迫化等を踏まえた対日原油輸出増産、日米共同備蓄、大型原子炉の検討 5 |
小型モジュール炉(SMR)の建設プロジェクト
本投資パッケージの中核を成すのが、次世代原子炉である小型モジュール炉(SMR)の建設である。米テネシー州およびアラバマ州を候補地とし、日立製作所と米GEベルノバの合弁会社が開発・建設を主導する計画であり、日本側から最大400億ドルの資金が投じられる 2。この分野においては、東芝や三菱電機などの日本企業も重要な部品や設備の供給を通じて参画することが想定されている 5。
SMRは従来の大型原子炉と比較して出力が約3分の1程度(例えばBWRX-300の場合は出力30万kW)と小さく、実績ある沸騰水型軽水炉(BWR)技術をベースにしつつ、構造を大幅に簡素化しているのが特徴である 1。主要なコンポーネントを工場でモジュールとして大量生産し、現地で組み立てる方式を採用するため、建設期間の大幅な短縮と初期投資コストの抑制が期待されている 1。さらに、隔離弁の容器直結等による事故リスクの低減や、自然対流を利用した受動的安全システムを備えることで、全電源喪失時でも安全に炉心を冷却できる技術的優位性を持つ 10。
共同文書においては、SMRの米国における画期的な商業化が次世代の大規模な安定電源をもたらし、米国国民の電力価格を安定化させるとともに、世界的な技術競争において日米のリーダーシップを強固にするものと明記されている 2。ただし、国際環境NGOなどからは、SMRへの巨額投資が日本の公的資金と納税者を高いリスクにさらすものであるとの懸念や批判も表明されており、経済性の不確実性(規模の経済の喪失を量産効果でどこまで相殺できるか)に関する議論も存在している 10。
天然ガス発電施設の建設プロジェクト
もう一つの大きな柱が、ペンシルベニア州(最大170億ドル)とテキサス州(最大160億ドル)における天然ガス発電施設の建設である 2。この計330億ドル規模の事業は、人工知能(AI)技術の急速な発展と普及に伴い、米国において爆発的に増加しているデータセンターの電力需要に対応するためのベースロード電源を確保するものである 2。
生成AIの学習および推論には膨大な計算資源が必要であり、これを支えるハイパースケール・データセンターの稼働には、天候に左右されない信頼性の高い大規模なディスパッチャブル(給電指令可能な)電源が不可欠となる 2。従来の電力網の計画は、需要曲線が緩やかで予測可能であることを前提としていたが、AIインフラの拡大による「ロードグロース・ベロシティ(負荷増加の速度)」は過去のモデルを破壊するほど急速である 13。
このトレンドは、第1弾の投資案件として発表されたオハイオ州のポーツマス近郊における9.2ギガワット(GW)の巨大天然ガス発電施設(ソフトバンクグループ子会社であるSB Energyが運営、総費用約330億ドル)にも共通する背景である 12。共同文書では、これら天然ガス発電施設の建設が、経済安全保障上極めて重要な戦略分野におけるサプライチェーンの構築協力を強化するものであると強調されている 4。
今後のエネルギー関連検討課題
第2弾の発表に加え、イラン情勢の緊迫化などによるエネルギー価格の高騰リスクを踏まえ、将来的な第3弾以降の投資候補も示された。具体的には、原油の対日輸出増加に向けた事業への投資検討や、日本向けの増産と日米共同備蓄を念頭に置いた米国での油田開発、さらには大型原子炉に関する有望事業の検討などが盛り込まれている 5。これは、日本が中東依存度の高いエネルギー供給網を多角化し、米国との連携を通じて安定供給の確保を図るという中長期的な経済安全保障戦略の表れである 5。
今後の日本の経済や景気への影響メカニズム
この総額5500億ドル、今回の第2弾だけでも約11.5兆円に達する巨額の対米投資は、今後の日本経済やマクロ景気に対して、輸出促進というポジティブな効果と、資本流出・為替変動というネガティブなリスクの双方から、複雑かつ多面的な影響を及ぼす。
輸出押し上げと経済成長への寄与
マクロ経済における直接的なプラス効果として挙げられるのは、日本の高度な製造業基盤を活用したインフラ輸出の拡大である。今回のSMRや天然ガス発電施設の建設プロジェクトにおいては、日立製作所、東芝、三菱電機などの日本企業が原子炉の主要機器、ガスタービン、発電機、および関連する制御システムなどの重要な部品・設備を供給することが想定されている 5。
第一生命経済研究所の試算(第1弾のオハイオ州ガス発電事業を対象とした分析)によれば、米国における関連製品の通常の輸入シェアを前提とした場合、日本からの発電関連設備等の輸出押し上げ効果は約500億円程度に留まるが、日米投資案件として日本製品が優先的に採用されるシナリオ(輸入品の70%を日本製品が占めると仮定)においては、輸出は最大で約5,000億円程度押し上げられる可能性があると推計されている 9。これらの高付加価値な重電インフラ設備の輸出が増加することは、国内の製造拠点における操業度を高め、関連するサプライヤーを含めた裾野の広い産業に対して経済波及効果をもたらす 5。日本政府も、日本企業の輸出拡大を通じて国内の経済成長に直結させるというシナリオを描いている 5。
資本流出リスクと構造的な為替下押し圧力
一方で、マクロ経済の観点から強く懸念されるのが、巨額の資本流出に伴う深刻な副作用である。日本が合意した最大5500億ドル(約87兆円)という支援規模は、日本の国内総生産(GDP)の約15%に相当し、外貨準備高の約半分に達する膨大な金額である 16。
資金の拠出スキームにおいては、政府系の国際協力銀行(JBIC)と日本貿易保険(NEXI)が中心的な役割を担い、民間金融機関を巻き込んだプロジェクトファイナンスが組成される見通しである 8。赤沢経済産業相が示唆した通り、実際の「出資」としての資本拠出は5500億ドルの1〜2%程度に留まり、大半は融資や融資保証という形態をとると予測されるが、それでも巨額の円資金がドルに転換されて米国のプロジェクトへ向かう構造は変わらない 16。
この大規模な資本流出は、外国為替市場において構造的かつ持続的な円売り・ドル買い要因となる。為替のさらなる円安進行は、すでに原油高などで負担が増している輸入物価をさらに押し上げるリスクを孕んでおり、コストプッシュ・インフレを通じた国内消費の冷え込みを招く恐れがある 16。
国内産業空洞化とソブリンリスクの懸念
さらに、経済専門家からは国内投資のクラウドアウト(押し出し)と産業空洞化に対する強い懸念が提示されている 16。日本企業や金融機関が有する投資余力(キャパシティ)には当然ながら上限が存在する。米国の巨大インフラプロジェクトに対して巨額の資金、人的リソース、生産能力が優先的に振り向けられることになれば、結果として日本国内における老朽化インフラの更新や、次世代産業(半導体や国内データセンター等)への投資が抑制される事態になりかねない。
また、対外投資が大幅に拡大することで、日本企業が米国での生産を優先・拡大させるインセンティブが働き、国内の産業活動が弱まるリスクも懸念されている。高市政権が国内経済政策の柱に据える「国内投資の拡大」という目標と、この対米投資の強力なコミットメントとの間で、どのように整合性とバランスを保つかが日本経済全体の長期的な成長力を維持する上での重大な課題となる 16。さらに、GDPの15%にも及ぶ対外エクスポージャーは、プロジェクトの採算性悪化などの事態が生じた場合、日本のソブリン格付けや国家としての投資余力に対して長期的な悪影響を及ぼすリスクも内包している 16。
とくに影響を受ける業界と分野の詳細分析
本合意によって生じる事業環境の変化やリスク要因は、産業セクターごとに大きく異なる。とくに以下の業界に対しては、直接的かつ構造的な影響が及ぶと分析される。
重電インフラおよび関連機器メーカー
最も直接的な恩恵を享受し、かつ事業規模の飛躍的な拡大が見込まれるのが、発電インフラ設備を担う重電メーカーである。日立製作所、東芝、三菱電機などの主要企業は、SMRの主要モジュールや、天然ガス発電施設向けの大容量ガスタービン、発電機などの供給において中心的な役割を果たす 5。
とくにSMR分野においては、日立とGEベルノバの合弁事業によるテネシー州およびアラバマ州での実績形成が、今後のグローバルな次世代原子力市場における主導権を握る上での重要な試金石となる 2。従来型の大型炉が抱えていた長工期・高コストという課題を、モジュール工法と受動的安全性によって克服するSMR技術の商用化成功は、世界のエネルギー市場の勢力図を塗り替える可能性を秘めている 10。さらに、これら数十ギガワット規模の巨大発電施設で生産された電力をデータセンター等の需要地へ安定的に送電するためのグリッド(送配電網)整備も不可欠となるため、変圧器、配電設備、電線・ケーブルなどを手掛ける関連銘柄への波及需要も長期にわたって持続すると期待される 9。
自動車および自動車部品産業
エネルギーインフラ業界がプロジェクト自体から直接的な受注機会を得る一方で、自動車産業は「最悪のシナリオを回避した」という意味で、本合意の裏側にある最大の受益者であると評価できる。自動車産業は日本の輸出額の極めて大きな割合(対米輸出で約430億ドル)を占め、国内労働力の約8.3%〜10%を雇用する重要な基幹産業である 6。
もしトランプ政権が示唆していた25%という高額な業界特化型の関税(通商拡大法232条に基づく追加関税等)が全面的に実行されていれば、北米市場における日本車の価格競争力は著しく低下し、国内工場での大幅な減産や雇用調整を余儀なくされる恐れがあった 6。例えば、米国販売台数のうち日本からの輸出比率が高いマツダ(52.4%)やスバル(44.4%)などの企業にとって、高関税は致命的な打撃となり得た 17。
今回、巨額のエネルギー投資などをバーター条件として、相互関税率が15%(既存の2.5%の関税を含む)に抑制されたことにより、自動車メーカーおよびその広範な下請け部品ネットワークは、事業計画の根底からの見直しを免れた 6。加えて、これまで日本の自動車メーカーにとって実質的な非関税障壁となっていた「米国安全基準に基づく車両の日本市場での承認」なども合意内容に含まれており、市場アクセスの改善という副次的な効果も生じている 6。15%という関税率は依然として厳しいハードルではあるものの、25%という破滅的なシナリオを回避できたことは、業界全体の存続において極めて大きな意味を持つ 6。
情報通信・テクノロジー・AIインフラセクター
天然ガス発電所の建設計画から読み取れるように、情報通信およびAIインフラ関連セクターも間接的に大きな影響を受ける。生成AIの急速な普及による電力需要の爆発的増加(ロードグロース・ベロシティ)は、データセンター事業の制約要因となりつつある 13。
第1弾の投資においてソフトバンクグループ傘下のSB Energyがオハイオ州の9.2GWガス発電プロジェクトの運営主体となった事実は、テクノロジー企業が自らの計算資源を維持・拡大するために、エネルギーインフラの最上流(発電)にまで事業領域を拡大せざるを得ない構造的変化を示している 12。今後、AI開発を推進する日本のIT企業や通信キャリアも、米国市場でのデータセンター構築において、これら日米合意によるインフラ網を強みにした事業展開を加速させる可能性がある。
金融・保険セクター
本投資合意を資金面で裏付ける金融セクターにも多大な影響が及ぶ。5500億ドルの資金手当てにおいて、国際協力銀行(JBIC)と日本貿易保険(NEXI)が中心的な役割を担うが、これに協調する形で国内のメガバンクや政府系金融機関による大規模なプロジェクトファイナンスが組成されることになる 8。
SMRのような次世代技術を用いた大規模インフラ開発や、数兆円規模のガス発電施設開発には、許認可の遅延リスク、サプライチェーンのボトルネックによるコスト超過リスク、さらには将来の天然ガス価格や電力卸売価格の変動リスクなど、極めて高度なリスクアセスメントが要求される 18。日本の金融機関にとっては、米国内での長期間にわたる優良な投融資機会を獲得し、安定的な利ざやを稼ぐ好機であると同時に、これら複雑な巨大プロジェクトにおける融資リスクをいかに適切に管理し、シンジケーション等を通じて分散するかが問われる高度な局面となる。
個人の日常生活における影響と波及経路
国家間の巨額の投融資合意やインフラプロジェクトは、一見すると個人の日常生活からは遠いマクロの出来事に思えるが、経済の連鎖メカニズムを通じて一般家計にも確実に波及する。その影響は、主に「物価」と「雇用・所得」の2つのチャネルを通じて現れる。
為替変動を通じた輸入物価の上昇(生活コストの増加)
前述の通り、対米投資の実行に伴う大規模な資本流出は、構造的な円安・ドル高圧力を生み出す要因となる 16。日本は原油や天然ガスなどのエネルギー資源、および食料品の大部分を輸入に依存しているため、為替の円安進行は直接的に輸入物価の上昇(コストプッシュ・インフレ)をもたらす 16。
この円安傾向が定着・長期化した場合、ガソリンスタンドでの給油価格、家庭の電気・ガス料金、そしてスーパーマーケットに並ぶ日々の食料品価格が高止まり、あるいはさらに上昇し、個人の生活費負担が増加する。企業の賃上げ(名目賃金の上昇)のペースが、これら生活必需品の物価上昇に追いつかない場合、家計の実質購買力は低下し、個人の消費行動が抑制される要因となり得る。米国での電力価格安定化を目的とした巨大投資が、巡り巡って日本の消費者の生活コスト増を招くというジレンマが存在する。
雇用と賃金環境の維持・改善
一方で、雇用環境の観点からは前向きな影響が存在する。自動車産業をはじめとする主要な輸出産業が、関税の急激な引き上げを回避し事業基盤を守られたことは、それらの企業で働く従業員、さらには全国に数多く存在する関連中小の部品メーカーで働く人々の雇用維持に直結する 6。
また、重電メーカーやインフラ関連企業が米国の大型プロジェクトを受注することで業績が拡大すれば、労働組合との春闘等を通じたベースアップや賞与の増加といった形で、従業員に対する利益還元が期待される。総じて、個人の日常生活においては、「円安を通じた物価上昇による生活コストの増加」という負の側面と、「関連産業の業績維持・拡大による雇用と所得の安定」という正の側面が綱引きをする状況が持続すると予想される。
日本の企業経営者が取るべき事業戦略
このようなダイナミックな国際的政策合意と、それに伴うマクロ経済環境の変化を前に、日本の企業経営者は事業ポートフォリオやリスク管理のあり方を戦略的に再構築する必要がある。
米国市場における現地化と戦略的パートナーシップの深化
今回のSMR建設において日立製作所が米GEベルノバと合弁で臨むように、米国の巨大プロジェクトに参画し、かつ安定的に事業を遂行するためには、現地の有力企業との強固なアライアンスが不可欠である 2。米国政府が「アメリカンファースト」の理念のもと、国内での雇用創出と完結したサプライチェーン構築を強く求めている以上、日本から完成品を輸出するだけの旧来型モデルでは長期的な対応が難しい 4。
企業経営者は、米国内に生産拠点やエンジニアリング機能を移転・拡充する「現地化」を推進し、経済安全保障の観点から米国政府や現地企業にとって不可欠な「信頼できるパートナー(フレンドショアリングの対象)」としての地位を確立する戦略が求められる。同時に、現地でのジョイントベンチャー設立やM\&Aを通じた技術・ノウハウの相互補完を図り、米国市場に深く根を下ろす体制を構築すべきである。
法的・政治的リスクの継続的モニタリングとヘッジ手段の構築
現在の日米間の合意は、トランプ政権の政治的意向と取引手法に強く依存して成立している。しかし、米国の政治・司法環境は決して一枚岩ではない。直近では、米連邦最高裁判所がトランプ大統領の関税措置の法的根拠(国際緊急経済権限法:IEEPAの適用など)に対して違法とする判断を下すなど、米国の通商政策は法制度上の大きな不確実性を抱えている 3。
経営者は、現行の合意や15%という関税率が将来にわたって確実に担保されるとは限らないという前提に立ち、複数のシナリオ・プランニングを常時実施する必要がある。政策変更や政権交代の地政学リスク、それに伴う為替の急変動リスクに対する金融的ヘッジ(為替予約や通貨オプションの活用など)を徹底するとともに、特定の市場(米国)や特定の政策スキームに過度に依存しないよう、グローバルな販売網と調達網の多角化(チャイナプラスワン、アメリカプラスワンの模索)を進めるべきである。日本政府がプロジェクトごとに採算性やリスクを判断し資金拠出を拒否できる権利を保持している点も踏まえ、民間企業としても独自のリスク許容度ラインを明確に設定しておく必要がある 16。
AIインフラ需要の爆発的成長を見据えたリソースの最適配分
天然ガス発電施設の建設目的に明確に示されている通り、AIデータセンターによる電力需要の爆発的な増加は、一過性のブームではなく、今後の産業界における最大の構造的成長ドライバーの一つである 2。このトレンドは米国に限らずグローバルな現象であり、日本国内においても同様のインフラ逼迫課題が今後急速に顕在化することが見込まれる。
この領域は、重電・電力関連機器メーカーだけでなく、高度な空調・冷却システム、大規模データセンターの建築設計・施工、送配電システムの最適化、さらには省電力化に寄与するパワー半導体や新素材技術を持つ幅広い企業群にとって、極めて大きなビジネスチャンスとなる。経営者は、自社の持つ技術的リソースや知的財産をこの「AIインフラ市場」に向けて集中的に投下し、製品開発ロードマップやマーケティング戦略を抜本的に再構築することが重要となる。単なる機器サプライヤーにとどまらず、インフラの統合的なソリューションプロバイダーへの転換を図る視点が求められる。
総括的展望
2026年3月19日に発表された日米首脳による最大730億ドル規模のエネルギー投資合意は、表面上は米国内でのSMRや天然ガス発電施設の建設という巨大インフラプロジェクトである。しかし、その本質を深掘りすれば、急成長するAIインフラを根底から支えるエネルギー安全保障の確立と、日本の基幹産業(特に自動車産業)を保護主義的な関税の脅威から防衛するための、極めて高度な地政学的・経済的ディールであることが理解できる。
この合意は、日本の重電インフラ産業に対してこれまでにない規模の事業機会と技術実証の場を提供し、自動車産業の競争力を維持する上で不可欠な防波堤となる。しかし同時に、GDPの約15%に達する5500億ドルという総枠での強大な資本投下コミットメントは、日本の限られた投資余力と国富を海外に流出させ、構造的な為替の円安や、それに伴う国内インフラ投資の空洞化・輸入インフレといった重いマクロ経済的副作用を伴うリスクを内包している。
日本の産業界と企業経営者は、このディールが生み出す巨大な米国市場での成長機会を果敢かつ積極的に取り込みつつも、政治的・法的な不確実性に対する高度なリスクマネジメントを機能させなければならない。国家レベルでの巨額の資金拠出が、最終的に国内経済の成長に真に還元されるためには、米国プロジェクトで培った次世代技術(SMRの量産ノウハウ等)や大規模プロジェクト遂行能力を、将来的に日本のエネルギーインフラの高度化や第三国市場への輸出戦略へと還流させる中長期的なビジョンと実行力が不可欠である。この未曾有のスケールで進行する環境変化に対して、いかに機敏かつ戦略的に対応できるかが、今後の日本企業の国際的な立ち位置と生存を左右する決定的な要因となる。
引用文献
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