PayPayがナスダック市場にIPO申請、ソフトバンクのAI構想を支える最強の燃料

PayPay株式会社のナスダック上場申請に関する包括的調査報告書:日本の産業構造と経済活動への深層的影響分析

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※上場申請です。

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ソフトバンクグループのPayPay、米ナスダック市場にIPOを申請

 

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      1. インフォグラフィック
      2. スライド資料
      3. 解説動画
  1. 1. エグゼクティブサマリー
  2. 2. 上場の背景と財務構造分析:成長から収益への転換
    1. 2.1 上場スキームと評価額の妥当性
    2. 2.2 劇的な収益改善と「収穫期」への移行
    3. 2.3 ソフトバンクグループ連結業績への影響
  3. 3. ソフトバンクグループのAI戦略とPayPayの役割
    1. 3.1 「人工超知能(ASI)」への資金供給源
    2. 3.2 データ戦略としてのPayPay
  4. 4. マクロ経済へのインパクト:東京市場の空洞化と資本の論理
    1. 4.1 「ジャパン・ディスカウント」の現実
    2. 4.2 円安と資本流出の側面
  5. 5. 産業構造の変革:Visa提携がもたらす「金融のアンバンドリング」
    1. 5.1 「Visa Credential」の衝撃
    2. 5.2 既存金融機関への脅威:イシュアの「土管化」
    3. 5.3 競合他社の動向とエコシステム戦争
  6. 6. 米国市場進出の勝算とリスク:ガラパゴスからの脱却
    1. 6.1 米国決済市場の現状とPayPayの戦略
    2. 6.2 「スーパーアプリ」としての差別化
    3. 6.3 インバウンド・アウトバウンドのシームレス化
  7. 7. 社会・生活への影響:スーパーアプリ化とデータ主権
    1. 7.1 「お財布」の完全デジタル化と家計管理の変容
    2. 7.2 投資の大衆化:PayPay証券の役割
    3. 7.3 プライバシーと「監視資本主義」への懸念
  8. 8. 日本の企業経営者への提言
    1. 8.1 「カニバリゼーション(共食い)」を恐れない自己変革
    2. 8.2 グローバル基準のガバナンスと資本戦略
    3. 8.3 データドリブン経営の徹底
  9. 9. 結論
    1. 補足データ・参照情報概要
      1. 引用文献

1. エグゼクティブサマリー

2026年2月12日(米国時間)、ソフトバンクグループ(SBG)傘下のPayPay株式会社(以下、PayPay)が、米国証券取引委員会(SEC)に対し、ナスダック・グローバル・セレクト・マーケットへの上場(IPO)を正式に申請した 1。ティッカーシンボル「PAYP」での取引開始を目指す本件は、単なる一企業の資金調達活動にとどまらず、日本のフィンテック産業、資本市場、そして消費者経済における歴史的な転換点を示唆している。

本報告書は、PayPayが提出したForm F-1(登録届出書)の開示情報、同時発表されたVisaとの戦略的提携、およびソフトバンクグループの経営戦略に基づき、この上場が日本の産業と経済活動に与える多層的な影響を「ディープリサーチ」の手法を用いて包括的に分析するものである。

分析の結果、以下の核心的な結論が導き出された。

第一に、マクロ経済と資本市場への衝撃である。日本のデカコーン(評価額100億ドル超の未上場企業)の筆頭であるPayPayが、東京証券取引所(TSE)ではなくナスダックを主戦場に選んだことは、日本の株式市場における「成長資金の供給能力」と「適正なバリュエーション(企業価値評価)機能」に対する信任の欠如を露呈させた 2。これは「ジャパン・ディスカウント」への懸念を再燃させ、日本のスタートアップ・エコシステムの出口戦略(イグジット)における「米国シフト」を加速させる可能性がある。

第二に、産業構造の不可逆的な再編である。上場申請と同時に発表されたVisaとの提携による「Visa Credential」の導入は、日本の決済インフラにおける「QRコード」と「クレジットカード」の境界線を溶解させる 4。これは、既存のクレジットカード発行会社(イシュア)や地域金融機関から「顧客接点(インターフェース)」を奪い、金融サービスがPayPayというスーパーアプリの「機能」として包摂される「金融のアンバンドリングと再バンドリング」を加速させる。

第三に、ソフトバンクグループのAI戦略における「燃料」としての役割である。PayPayのIPOは、SBGにとってArmホールディングスに続く巨大な流動性イベントであり、創業者である孫正義氏が掲げる「人工超知能(ASI)」構想に向けた投資原資を確保するための重要なマイルストーンとなる 5。PayPayは単なるキャッシュカウ(現金創出源)から、グローバルなデータ資産と資本調達のエンジンへと進化する。

本報告書では、これらの視点に基づき、財務分析、産業影響、競合戦略、社会的影響を網羅的に論じ、日本の企業経営者がこのパラダイムシフトにどう対峙すべきかの戦略的提言を行う。

2. 上場の背景と財務構造分析:成長から収益への転換

2.1 上場スキームと評価額の妥当性

PayPayが提出したForm F-1によれば、同社は米国預託株式(ADS)を発行し、ナスダック市場への上場を計画している。主幹事にはゴールドマン・サックス、JPモルガン、みずほ証券、モルガン・スタンレーといったグローバルなトップティア投資銀行が名を連ねており、今回のIPOが世界的な注目事案であることを裏付けている 1。

市場関係者の試算および報道によれば、PayPayの想定時価総額は3兆円(約200億ドル)規模に達すると見込まれている 2。この評価額は、日本の伝統的な金融機関と比較しても極めて高い水準であり、メガバンクの一角に匹敵する規模となる可能性がある。この高評価を支えるのは、PayPayが日本の決済市場において確立した圧倒的なドミナンス(支配力)と、劇的な収益性の改善である。

2.2 劇的な収益改善と「収穫期」への移行

PayPayの財務データは、同社が「投資フェーズ」から「収穫フェーズ」へと完全に移行したことを示している。2025年4月から12月までの9ヶ月間の連結決算において、売上高にあたる連結収益は前年同期比26.4%増の2,785億円、純利益は同3.5倍の1,033億円を記録した 1。

表1:PayPay株式会社 連結業績ハイライト(単位:億円)

指標2024年4-12月期2025年4-12月期前年同期比(YoY)
連結収益2,2042,785+26.4%
当期利益2891,033+256.7%
純利益率13.1%37.1%+24.0pt

出所:Form F-1 提出資料および報道発表資料 1 より作成

この純利益率37.1%という数字は、薄利多売が一般的とされる決済代行ビジネスにおいて驚異的な水準である。この高収益性の背景には、以下の構造的要因が存在する。

  1. 顧客獲得コスト(CAC)の激減: 登録ユーザー数が7,200万人(日本のスマホユーザーの約75%)に達し、大規模なバラマキ還元キャンペーンを行わずとも自然流入と継続利用が定着した 1。
  2. 金融エコシステムの垂直統合: 2025年4月にPayPay銀行とPayPay証券を完全子会社化したことで、決済手数料収入だけでなく、融資による利息収入、資産運用による手数料収入が連結業績に寄与し始めた 1。決済を入り口とし、高収益な金融商品へ誘導するクロスセル戦略が結実している。
  3. 「PayPayステップ」による行動変容: ユーザーの利用頻度や利用サービス数に応じてポイント還元率を変えるロイヤリティプログラムにより、他社サービスへの流出を防ぎつつ、エコシステム内での経済活動(GMV)を最大化させている。

2.3 ソフトバンクグループ連結業績への影響

PayPayは上場後も引き続きSBGおよびLINEヤフーの連結子会社に留まる方針である 10。したがって、IPOによる株式売出し益(キャピタルゲイン)がSBGの財務に計上される一方で、PayPayの経常的な利益も引き続きSBGの連結業績に貢献することになる。これは、SBGが投資会社としての側面(Vision Fund)と事業会社としての側面(通信・LINEヤフー・PayPay)の双方でキャッシュフローを強化しようとする戦略の一環である。

3. ソフトバンクグループのAI戦略とPayPayの役割

PayPayのナスダック上場は、単独企業のイベントとしてだけでなく、親会社であるソフトバンクグループ(SBG)の壮大な世界戦略の一部として解読する必要がある。

3.1 「人工超知能(ASI)」への資金供給源

孫正義会長兼社長は、AI革命の次なる段階として「人工超知能(ASI)」の実現を掲げ、そのインフラ構築と関連企業への投資に全力を注いでいる 5。OpenAIへの巨額投資や、AI半導体ベンチャーへの関与が取り沙汰される中、SBGにとって最大の課題は「投資原資(Firepower)」の確保である。

PayPayの上場は、以下の点でASI戦略に直結する。

  • ドル建て資産の創出: ナスダックでの上場により、PayPay株式はドルベースで評価される資産となる。将来的にSBGがPayPay株の一部を市場で売却、あるいは担保化する場合、調達できる資金は米ドルとなる。これは、主に米国を中心とするAI企業への投資活動において為替リスクを低減し、機動的な資金移動を可能にする。
  • NAV(純資産価値)の増大: SBGの株価は保有資産のNAVに連動する傾向がある。PayPayが高い評価額で公開市場で取引されることは、SBGのNAVを押し上げ、ひいてはSBG自身の資金調達能力(LTV: Loan to Value比率の改善)を高める効果がある。

3.2 データ戦略としてのPayPay

AIの進化において最も重要な資源は「データ」である。PayPayが保有する7,200万人の購買データ、金融行動データ、位置情報データは、世界的に見ても稀有な「高密度・高品質」なデータセットである。

日本の消費者の7割以上をカバーするこのデータは、単なるマーケティング利用にとどまらず、AIによる与信スコアリング、需要予測、パーソナライズされた金融アドバイス(ロボアドバイザー)の精度向上に不可欠な教師データとなる。SBGが掲げる「群戦略」において、PayPayは日本市場における「現実世界の経済活動データ」を吸い上げる最大のセンサーとして機能する。

4. マクロ経済へのインパクト:東京市場の空洞化と資本の論理

PayPayが東京証券取引所(TSE)ではなく、米ナスダックを選んだという事実は、日本の資本市場にとって深刻な警鐘である。

4.1 「ジャパン・ディスカウント」の現実

日本のスタートアップや投資家の間では、TSEに上場した場合の評価額(バリュエーション)が、海外市場に比べて低く見積もられる「ジャパン・ディスカウント」への懸念が根強い 3。

  • 流動性の格差: ナスダックは世界中から機関投資家の資金が集まるため、出来高(流動性)が圧倒的に多い。これにより、大口の投資家が参入しやすく、適正な株価形成がなされやすい。
  • 成長企業への理解度: 米国市場では、赤字であっても高い成長率や将来のプラットフォーム価値を持つ企業に対し、高いPSR(株価売上高倍率)を許容する土壌がある。一方、日本の投資家は配当や短期的な黒字化を重視する傾向があり、PayPayのような「将来の圧倒的シェア獲得のために先行投資を行う」モデルに対する評価が厳しくなりがちである。

PayPayほどの規模と知名度を持つ企業が「日本市場では適正に評価されない」と判断したことは、後続のスタートアップ(特にAIやディープテック領域)に対し、「目指すべきは東京ではなくニューヨークである」という強烈なメッセージを送ることになる。これは、TSEが「成長企業の市場」から「成熟・配当企業の市場」へと変質し、産業の新陳代謝機能が低下する「空洞化」のリスクを孕んでいる。

4.2 円安と資本流出の側面

PayPayの収益源は100%日本円であるが、株式の価値は米ドルで形成されることになる。投資家がPayPay株を購入するために円を売りドルを買う動き(あるいはその逆)が発生するが、より長期的には、日本国内で生み出された付加価値(PayPayの利益)が、配当や自社株買いを通じて海外の株主に還元される構造が強化されることを意味する。 一方で、日本の個人投資家にとっては、国内で馴染みのあるサービスに投資しながら、実質的に「ドル資産」を保有する機会(ADSの国内売出し)となる 1。これは、家計の金融資産が「貯蓄から投資へ」、さらには「国内から海外へ」シフトするトレンドを加速させ、間接的に円安圧力を構成する一因となる可能性もある。

5. 産業構造の変革:Visa提携がもたらす「金融のアンバンドリング」

上場申請と同時に発表されたPayPayとVisaの戦略的パートナーシップは、日本の決済および金融業界の勢力図を塗り替える破壊力を持っている 4。

5.1 「Visa Credential」の衝撃

この提携の核となるのは、PayPayアプリ内の「PayPay残高」「PayPayカード」「PayPay銀行」といった複数の資金源を、一つの「Visa Credential(認証情報)」に統合するという技術的・戦略的転換である 4。

従来のモデル:

ユーザーは「クレジットカード」を物理的に発行し、それをスマートフォンに登録するか、カードそのものを持ち歩く必要があった。カード発行会社(イシュア)は、カード券面という物理的な接点と、自社アプリを通じて顧客との関係を維持していた。

PayPay×Visaの新モデル:

ユーザーはPayPayアプリ上でVisaのバーチャルカードを即座に発行できる。決済時には、背後にある資金源(銀行口座、ポイント、クレジット与信枠)をアプリ上で自在に切り替えることが可能になる(Variable Funding Source)。

物理的なカードは不要となり、Visaという国際ブランドは「決済ネットワークという土管」になり、顧客接点(UI/UX)は完全にPayPayが掌握する。

5.2 既存金融機関への脅威:イシュアの「土管化」

このモデルは、既存のクレジットカード会社(楽天カード、三井住友カード、JCBなど)にとって脅威である。

  1. 顧客接点の喪失: ユーザーがPayPayアプリ経由でVisa決済を行うようになれば、他社のカードアプリを開く頻度は激減する。顧客とのエンゲージメントが低下すれば、リボ払いやキャッシングといった高収益商品への誘導が困難になる。
  2. 加盟店手数料(MDR)の圧力: PayPayは、QRコード決済のみに対応していた中小加盟店に対し、Visa決済の受入を拡大するとしている 4。PayPayがVisaと直接提携し、アクワイアリング(加盟店管理)領域でも支配力を強めれば、既存のアクワイアラー(加盟店契約会社)は手数料競争に巻き込まれ、収益性が低下する。
  3. 銀行の「機能」化: PayPay銀行がエコシステムの裏側でシームレスに連携することで、ユーザーは「銀行口座」を意識せず、単なる「資金の保管場所(Wallet)」として利用するようになる。これは、地域金融機関やメガバンクが長年築いてきた「メインバンク」という概念を希薄化させ、銀行機能のコモディティ化(Banking as a Service化)を加速させる。

5.3 競合他社の動向とエコシステム戦争

この動きに対し、最大の競合である楽天グループの反応が注目される。楽天は「楽天カード」を中核とした強固なエコシステムを持つが、モバイル事業の巨額投資負担により財務的な柔軟性を欠いている側面がある 13。 PayPayのナスダック上場による資金調達とVisaとの提携は、楽天に対し、フィンテック事業の再編(楽天銀行・証券・カードの統合強化)や、外部資本の導入といった対抗策を迫ることになるだろう。また、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)や三井住友フィナンシャルグループ(SMBC)などのメガバンクも、自社アプリ(Olive等)の機能強化や、PayPay以外のプラットフォーマーとの提携を加速させる必要がある。

6. 米国市場進出の勝算とリスク:ガラパゴスからの脱却

PayPayは上場を機に、Visaと共同で米国市場への進出を検討している 12。これは日本のサービス業にとって長年の悲願である「内需型サービス業のグローバル展開」への挑戦である。

6.1 米国決済市場の現状とPayPayの戦略

米国では、Apple PayやGoogle PayといったNFC(非接触)決済が普及しており、クレジットカード社会として成熟している。日本のようにQRコード決済が爆発的に普及した背景(現金社会、高コストなCAT端末)とは環境が異なる。 そのため、PayPayは米国において、QRコード単独ではなく、NFC決済もサポートした「ハイブリッド・デジタルウォレット」を展開する計画である 12。ターゲットは、まずはカリフォルニア州などの特定地域や、QR決済に親和性のあるZ世代、そしてアジア系コミュニティなどが想定される。

6.2 「スーパーアプリ」としての差別化

米国にはPayPal (Venmo) やBlock (Cash App) といった巨人が既に存在する。単なる「決済アプリ」として参入しても勝算は薄い。PayPayの勝機は、日本で実現した「スーパーアプリ」モデル(決済+金融+生活サービス+クーポン+ポイント運用の統合体験)を、米国市場向けにローカライズできるかにある。

Visaとの提携により、米国のVisa加盟店網を即座に利用できる点は大きなアドバンテージだが、ユーザー獲得コスト(マーケティング費用)は日本以上に高騰することが予想される。この米国展開は、実利的な収益貢献よりも、ナスダック市場における「グローバル・テック企業」としての成長ストーリー(ナラティブ)を補強するための戦略的布石という意味合いが強い可能性がある。

6.3 インバウンド・アウトバウンドのシームレス化

より確実な成果が見込めるのは、クロスボーダー決済である。

  • インバウンド(訪日外国人): 海外のVisaユーザーや提携ウォレットユーザーが、日本のPayPay加盟店(QRのみの店舗含む)で決済できるようになれば、地方の小規模店舗でもインバウンド消費を取り込めるようになる。
  • アウトバウンド(日本人旅行者): 日本のPayPayユーザーが、海外のVisa加盟店でPayPayアプリを使って決済できるようになる。これは、外貨両替の手間や手数料を削減し、海外旅行における決済体験を劇的に向上させる。

7. 社会・生活への影響:スーパーアプリ化とデータ主権

PayPayの上場と機能拡張は、個人の生活様式にも大きな変化をもたらす。

7.1 「お財布」の完全デジタル化と家計管理の変容

「Visa Credential」の統合が進めば、消費者は複数のカードや銀行口座を使い分ける必要がなくなる。アプリが自動的に最適な支払い元(ポイント消化優先、残高不足時は自動チャージ、高額商品は分割払い等)を選択する「AI家計管理」が現実のものとなる。

これにより、消費者の利便性は向上する一方で、家計のブラックボックス化や、無意識の過剰消費を招くリスクも孕んでいる。金融リテラシー教育の重要性がこれまで以上に高まるだろう。

7.2 投資の大衆化:PayPay証券の役割

PayPay証券は「ポイント運用」から「株式投資」への架け橋として機能している。上場企業としての信頼性向上と、アプリ内でのシームレスな投資体験の提供は、日本の個人金融資産を現預金からリスク資産へと動かす起爆剤になり得る。特に、若年層にとっての「初めての証券口座」としての地位を盤石にし、長期的な資産形成のプラットフォームとなる可能性がある。

7.3 プライバシーと「監視資本主義」への懸念

PayPayが決済、位置情報、金融資産、健康情報(アプリ連携等)など、個人の生活全般に関わるデータを一元的に把握することは、プライバシー上の懸念を引き起こす。

米国上場企業となることで、PayPayはGDPR(EU一般データ保護規則)やCCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)などの厳格なグローバル基準に準拠する必要が生じる。しかし、膨大な個人データがマーケティングや与信スコアリングに利用されることに対する消費者の不安をどう払拭するか、透明性の確保が企業の存続に関わる重要課題となる。

8. 日本の企業経営者への提言

PayPayの事例は、日本のあらゆる産業の経営者に対し、以下の戦略的示唆を与えている。

8.1 「カニバリゼーション(共食い)」を恐れない自己変革

PayPayは、親会社であるソフトバンクの通信キャリア決済や、既存の金融ビジネスと競合する可能性を恐れず、自らを破壊的に成長させた。また、QRコードで覇権を握りながら、競合技術であるNFC(Visa)と手を組むことで、さらなる高みを目指している。

経営者は、既存事業の延命に固執するのではなく、自社の強みを再定義し、時には昨日の敵と手を組んででもプラットフォームの座を狙う柔軟性を持つべきである。

8.2 グローバル基準のガバナンスと資本戦略

ナスダック上場は、世界で最も厳しい水準のコーポレートガバナンス(独立社外取締役の過半数選任など)への適応を要求する 15。日本の経営者も、監査役会設置会社といった伝統的な形態に固執せず、グローバル投資家が納得する透明性の高い統治機構へと進化する必要がある。 また、資金調達においても、国内銀行からの借入(デット)に依存するのではなく、成長ストーリーを語ることでグローバル市場から資本(エクイティ)を調達するダイナミズムを取り入れるべきである。

8.3 データドリブン経営の徹底

PayPayの強さの源泉は、徹底したデータの取得と活用にある。あらゆる業種において、顧客接点のデジタル化を進め、そこから得られるデータを次の商品開発や経営判断に即座にフィードバックするループ(フィードバック・ループ)を構築できるかが、企業の生死を分けることになる。

9. 結論

PayPayのナスダック上場申請は、日本のフィンテック産業が「国内でのシェア争い」という第一幕を終え、「グローバル資本市場での評価」と「世界標準のプラットフォーム構築」という第二幕へ突入したことを告げる合図である。

この動きは、短期的には東京市場の地盤沈下や既存金融機関の苦境といった痛みをもたらすかもしれない。しかし、長期的には、日本発のスタートアップが世界規模のデカコーンへと成長し得るという前例を作り、閉塞感のある日本経済に新たな野心と資金を呼び込む起爆剤となる可能性を秘めている。

Visaとの提携による「決済のシームレス化」と「金融の民主化」が進む中で、日本の産業界は、PayPayという巨大なプラットフォーマーと「戦う」のか、「共生する」のか、あるいは自らが「新たなプラットフォーム」となるのか、明確な戦略的決断を迫られている。PayPayの上場は、その決断の期限が切迫していることを、高らかに宣言しているのである。

補足データ・参照情報概要

  • 上場予定市場: 米国ナスダック・グローバル・セレクト・マーケット(ティッカー:PAYP) 1
  • 申請日: 2026年2月12日(米国時間) 1
  • 主幹事証券: Goldman Sachs, J.P. Morgan, Mizuho, Morgan Stanley 10
  • 直近業績(2025年4-12月): 売上収益 2,785億円、純利益 1,033億円 1
  • 国内販売: みずほ証券、PayPay証券を通じて個人投資家向けに売出し予定 1
  • 戦略的提携: Visaと提携し、米国進出および国内でのVisa Credential統合を推進 4

引用文献

  1. PayPay、米ナスダックへ上場申請 ティッカーシンボルは「PAYP …, https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2602/13/news117.html
  2. PayPay IPO: everything you need to know – Capital.com, https://capital.com/en-int/learn/ipo/paypay-ipo
  3. PayPay files for U.S. IPO and Nasdaq listing – The Japan Times, https://www.japantimes.co.jp/business/2026/02/13/companies/paypay-going-public/
  4. PayPay and Visa Enter into a Strategic Partnership Agreement to Advance Global and Domestic Payment Innovation | February 12, 2026 Press Release, https://about.paypay.ne.jp/en/pr/20260212/01/
  5. OpenAI gains and AI bets propel SoftBank profit fivefold to 30 trillion won – CHOSUNBIZ, https://biz.chosun.com/en/en-international/2026/02/12/KYRATDDUFZF7TJL6CIKDO5HOUQ/
  6. PayPay株式会社による米国預託株式の米国内での新規公開に向けた …, https://group.softbank/news/press/20260213
  7. PayPay Announces Public Filing of Registration Statement on Form F-1 for Proposed Initial Public Offering in the United States | About Us | SoftBank, https://www.softbank.jp/en/corp/news/press/sbkk/2026/20260213_01/
  8. SoftBank-backed PayPay takes next step towards US IPO, https://www.electronicpaymentsinternational.com/news/softbank-backed-paypay-toward-us-ipo/
  9. Japan’s PayPay files for U.S. IPO By Investing.com, https://uk.investing.com/news/analyst-ratings/japans-paypay-files-for-us-ipo-4505383
  10. PayPay Announces Public Filing of Registration Statement on Form F-1 for Proposed Initial Public Offering, https://group.softbank/en/news/press/20260213
  11. SoftBank Corp. PayPay Announces Public Filing of Registration Statement on Form F-1 for Proposed Initial Public Offering in the, https://www.softbank.jp/en/corp/news/press/sbkk/2026/20260213_01
  12. PayPay and Visa Enter into a Strategic Partnership Agreement to Advance Global and Domestic Payment Innovation : r/japan – Reddit, https://www.reddit.com/r/japan/comments/1r2nbdn/paypay_and_visa_enter_into_a_strategic/
  13. 2025年度決算短信・説明会資料|楽天グループ株式会社, https://corp.rakuten.co.jp/investors/documents/results/
  14. PayPayとVisaが戦略的パートナーシップ契約を締結 米国展開と国内連携を強化, https://eczine.jp/article/detail/17867
  15. U.S. Securities Market Guide Part 5: Corporate Governance for Nasdaq Listing, https://quantum.accountants/en/u-s-securities-market-guide-part-5-corporate-governance-for-nasdaq-listing/
  16. Corporate Governance Exemptions Available to Japanese Companies Seeking to List on Nasdaq, https://www.loeb.com/en/insights/publications/2024/08/corporate-governance-exemptions-available-to-japanese-companies-seeking-to-list-on-nasdaq
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