EV・水素ハイブリッド車の「新基準」策定へ。水素と電気を併用する次世代パワートレインと日本のマルチパスウェイ戦略

「マルチパスウェイ戦略」の深化と次世代パワートレインの標準化:日本の自動車産業における戦略的転換と経済的影響に関する包括的調査報告書

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EV・水素ハイブリッド車の「新基準」策定へ

 

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      1. インフォグラフィック
      2. スライド資料
      3. 解説動画
  1. 1. 序論:自動車産業におけるパラダイムシフトと日本の「新基準」
    1. 1.1 背景:2024年5月の3社合意とその進展
    2. 1.2 「敵は炭素であり、内燃機関ではない」という哲学
  2. 2. 次世代パワートレインの技術的標準化と規制対応
    1. 2.1 欧米の規制変更と「日本流」の整合性
    2. 2.2 技術的標準化の具体像:「三社三様」の最適化
    3. 2.3 水素と電気のハイブリッド化:究極の解へ
  3. 3. 日本の産業と経済活動へのマクロ的影響
    1. 3.1 経済・景気への影響:貿易収支とGDPの安定化
    2. 3.2 産業構造への波及:サプライチェーンの「軟着陸」と「進化」
  4. 4. 影響を受ける業界と新たなビジネスチャンス
    1. 4.1 エネルギー産業:石油元売りから「燃料製造業」へ
    2. 4.2 化学・素材産業:水素社会を支える新素材
    3. 4.3 物流・運輸業界:商用車における「現実解」
  5. 5. 個人の生活と消費者への影響
    1. 5.1 「選択肢」の維持とコストパフォーマンス
    2. 5.2 「走る喜び」の保存
    3. 5.3 エネルギーセキュリティと防災
  6. 6. 企業経営者の戦略:不確実性への対峙
    1. 6.1 トヨタ・マツダ・スバルの「協調と競争」
    2. 6.2 サプライヤー経営者の視点:多角化と深化
    3. 6.3 グローバルリスク管理としてのマルチパスウェイ
  7. 7. 結論と2030年に向けた展望
    1. 7.1 日本経済への長期的示唆
    2. 7.2 残された課題:インフラとコスト
    3. 表1:日本のマルチパスウェイ戦略と世界の主要メーカー戦略の比較(2026年時点)
      1. 引用文献

1. 序論:自動車産業におけるパラダイムシフトと日本の「新基準」

2026年初頭、世界の自動車産業はかつてない変革の只中にある。2020年代初頭に支配的であった「バッテリーEV(BEV)への急速な一本化」というナラティブは、地政学的なリスク、サプライチェーンの脆弱性、そして各国のエネルギー事情の多様性という現実的な壁に直面し、より現実的かつ多層的なアプローチへと修正を余儀なくされている。この文脈において、2024年5月にトヨタ自動車、マツダ、SUBARU(スバル)の国内3社が合意した「電動化と共存する次世代エンジンの開発」およびそれに続く水素・電気併用パワートレインの標準化に向けた動きは、単なる既存技術の延命措置ではなく、グローバルな脱炭素化競争における日本の新たな戦略的攻勢として位置づけられる。

本報告書は、この「新基準」策定の動きが、日本の産業構造、経済活動、企業経営、そして個人の生活に及ぼす影響を、マクロ経済的視点とミクロな産業分析の両面から徹底的に検証するものである。特に、欧州(Euro 7)や北米(EPA排ガス規制)の規制変更がいかにしてこの戦略的転換を促したか、そして「マルチパスウェイ(全方位)」戦略が、日本の製造業の根幹であるサプライチェーン(ケイレツ)をいかにして守り、かつ進化させようとしているのかを詳細に分析する。

1.1 背景:2024年5月の3社合意とその進展

2024年5月28日、トヨタの佐藤恒治社長、マツダの毛籠勝弘社長、スバルの大崎篤社長が一堂に会し、「電動化時代に適した新エンジンの開発」を宣言したことは、業界内外に大きな衝撃を与えた 1。この合意の本質は、内燃機関(ICE)を過去の遺物として排除するのではなく、電動化ユニット(モーター、バッテリー)と組み合わせることを前提とした「電動化のためのエンジン」へと再定義した点にある。

合意から約2年が経過した2026年現在、この構想はより具体的な「標準化」のフェーズへと移行している。それは単に各社が独自のエンジンを作るだけでなく、燃料タンクの規格、電動化ユニットとのインターフェース、さらにはカーボンニュートラル(CN)燃料の供給インフラにおける協調領域を拡大することを意味している。特に、水素燃焼エンジンやe-fuel(合成燃料)対応エンジンの実用化に向けた動きは、BEV一辺倒のリスクを回避しつつ、カーボンニュートラルを実現する「日本解」としての地位を確立しつつある 3。

1.2 「敵は炭素であり、内燃機関ではない」という哲学

この戦略の根底にあるのは、「敵は炭素であり、内燃機関ではない」という明確な哲学である 4。BEVは走行時のCO2排出はゼロだが、バッテリー製造時の環境負荷や、電力供給網の脱炭素化の進捗に依存するという課題がある。一方、水素やバイオ燃料、e-fuelを使用する内燃機関は、既存のインフラや製造ノウハウを活用しながら、実質的なCO2排出ゼロを達成できる可能性がある。日本の自動車メーカーは、この技術的多様性(マルチパスウェイ)こそが、不確実な未来に対する最も強靭なリスクヘッジであると判断したのである。

2. 次世代パワートレインの技術的標準化と規制対応

日本の自動車メーカーが目指す「新基準」とは、単なるエンジンの規格統一ではない。それは、電動化技術と内燃機関技術を高度に融合させ、どのようなエネルギー事情の国や地域でも最適な環境性能を提供できる「フレキシブルなプラットフォーム」の標準化を指す。

2.1 欧米の規制変更と「日本流」の整合性

2025年から2026年にかけて施行された欧米の環境規制は、当初の予想よりもBEV一辺倒からの修正が見られた。これが日本のマルチパスウェイ戦略にとって追い風となっている。

  • 欧州 Euro 7(2025年7月施行): 当初、内燃機関にとって「事実上の死刑宣告」とも言われたEuro 7規制だが、最終的な施行内容では、排ガス規制の厳格化と同時に、ブレーキダストやタイヤ粉塵などの非排気エミッションへの規制が強化された 5。BEVは車重が重いためタイヤ粉塵が多くなる傾向がある一方、ハイブリッド車(HEV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)は回生ブレーキの活用によりブレーキダストを抑制できる。また、e-fuelを使用する内燃機関車の販売が2035年以降も容認される方向性が示されたことで、トヨタなどが進めるCN燃料対応エンジンの開発は大義名分を得た形となった 7。
  • 米国 EPA排ガス規制(2027-2032年モデル): バイデン政権下で策定された新たな排ガス規制は、特定の技術(BEVなど)を義務付けるものではなく、フリート全体でのCO2排出削減を求める「技術中立」のアプローチを採用している 8。ここでは、水素燃料電池車(FCEV)やプラグインハイブリッド車も重要な削減手段として位置づけられており、特に水素燃焼エンジンについては「実質的にCO2排出削減率100%」として認められる可能性が示唆されている 10。これにより、北米市場においても、大型商用車やピックアップトラックを中心とした水素・ハイブリッド技術の展開余地が広がった。

2.2 技術的標準化の具体像:「三社三様」の最適化

3社合意における技術開発は、各社のアイデンティティ(シグネチャーエンジン)を維持しつつ、電動化ユニットとの統合における「設計思想の標準化」を図っている 1。

メーカーコア技術(シグネチャーエンジン)電動化との融合(新基準の設計思想)2026年時点の展開状況
トヨタ直列4気筒エンジン (1.5L / 2.0L)「Electric-rich」:モーター駆動を主とし、エンジンは高効率領域での発電や高速巡航に特化。小型化・ショートストローク化によりフード高を下げ、空力性能(Cd値)を向上 11。マルチパスウェイプラットフォームへの実装開始。商用車向け水素エンジンの実証拡大。
スバル水平対向エンジン (Boxer)「次世代e-BOXER」:水平対向の低重心を活かしつつ、トランスアクスルにモーターを統合したシリーズ・パラレルハイブリッドを採用。大型燃料タンクの搭載を可能にし、航続距離を延長 12。クロストレック等の主力車種へ順次搭載。CN燃料対応の耐久試験を実施。
マツダロータリーエンジン (Rotary)「Rotary-EVシステム」:小型・軽量なロータリーを発電機として使用。バッテリーEVの航続距離延長(レンジエクステンダー)として機能し、多様な燃料(水素含む)への対応が容易 3。MX-30等の電動車への展開。2ローター化による高出力ハイブリッドスポーツの検討。

この「新基準」において共通しているのは、「エンジンの小型化ダウンサイジング)」パッケージングの革新」である。エンジンを小さくすることで、バッテリーやモーターの搭載スペースを確保し、かつ車両デザインの自由度(低いボンネット、優れた空力)を高める。これにより、BEVに見劣りしない航続距離とデザイン性を実現し、かつコスト競争力を維持することを狙っている。

2.3 水素と電気のハイブリッド化:究極の解へ

「新基準」の最も野心的な側面は、水素エネルギーの活用である。FCEV(燃料電池車)における水素利用だけでなく、水素燃焼エンジン(H2-ICE)とハイブリッドシステムを組み合わせたパワートレインの実用化が視野に入っている。 2026年モデルのトヨタ「ミライ」は、水素社会のパイオニアとしての地位を堅持しつつ、プラグレス(充電不要)の電動車としての利便性を訴求している 13。さらに、液体水素を用いたレース活動を通じて得られた知見は、市販車向けの水素タンクや供給システムの標準化にフィードバックされており、大型トラックや商用バンなどの分野で、BEVの充電時間(ダウンタイム)の課題を解決するソリューションとして期待されている 3。

3. 日本の産業と経済活動へのマクロ的影響

自動車産業は日本の製造業出荷額の約2割、輸出額の約2割を占め、関連就業人口は550万人に達する基幹産業である。この「マルチパスウェイ戦略」による新基準策定は、日本経済全体に対して、防御的かつ攻撃的な意味合いを持つ。

3.1 経済・景気への影響:貿易収支とGDPの安定化

完全なBEV移行シナリオにおいて日本が直面する最大のリスクは、貿易赤字の拡大である。BEVのコストの大部分を占めるバッテリーとその原材料(リチウム、ニッケル、コバルト等)は特定の国(主に中国)に依存しており、BEVの生産拡大はそのまま輸入額の増加につながる構造的課題がある 15。

対して、ハイブリッド車(HEV/PHEV)や水素エンジン車は、エンジン、トランスミッション、排気系など、日本国内に高度なサプライチェーンが存在する部品の比率が高い。これらの技術を「新基準」として世界に輸出することで、日本は以下の経済的メリットを享受できる。

  1. 付加価値の国内留保: バッテリーセルの輸入に頼るのではなく、高度な擦り合わせ技術が必要なエンジンやハイブリッドトランスミッションを国内で生産・輸出することで、GDPへの寄与率を維持できる。トヨタの2024-2025年度の輸出台数は約200万台規模を維持しており、為替の円安効果も相まって、これら内燃機関搭載車の輸出は日本の貿易黒字の重要な柱であり続けている 16。
  2. 為替変動への耐性
    「円安」は、輸入資源コストを押し上げる一方で、国内生産品の輸出競争力を高める。バッテリー原材料の輸入比率が高いBEV一本足打法よりも、国内調達比率が高いハイブリッド・水素技術の方が、円安局面において利益を最大化しやすい構造にある。
  3. グローバルサウス市場の獲得: 電力インフラが未整備な新興国(グローバルサウス)において、BEVの普及には長い時間を要する。バイオ燃料や合成燃料に対応した日本の次世代エンジン車は、これらの市場において現実的な脱炭素ソリューションとして受け入れられやすく、2026年以降の輸出市場の成長ドライバーとなる 17。

3.2 産業構造への波及:サプライチェーンの「軟着陸」と「進化」

急速なBEVシフトは、エンジン部品メーカー(鋳造、鍛造、切削加工など)の倒産や失業を引き起こす「ハードランディング」のリスクを孕んでいた。しかし、マルチパスウェイ戦略は、これらのサプライヤーに対して「事業転換のための時間」と「新たな技術適応の機会」を提供する。

  • Tier 1・Tier 2サプライヤーへの影響: エンジン部品メーカーは、単に既存部品を作り続けるだけでなく、次世代エンジン向けの「超高精度加工」や「水素対応部品」へのシフトを迫られている。例えば、水素エンジンには通常のガソリンエンジンよりも高度なインジェクターや、水素脆化に耐えうる素材技術が必要となる。これにより、中小企業の研究開発投資(R\&D)が促進され、技術力の底上げが期待できる 18。
  • 事例:豊田合成とトヨタ紡織の戦略: トヨタグループの主要サプライヤーである豊田合成は、ゴム・樹脂技術を活かし、FCEV向けの「高圧水素タンク」事業を収益の柱へと成長させつつある。2024年には船舶向け水素タンクの実用化にも成功しており、自動車以外の領域(産業機械、鉄道)への事業拡大を進めている 17。 一方、トヨタ紡織は、燃料電池スタックのセパレーター製造のノウハウを活かし、小型モビリティ(電動アシスト自転車やキックボード)向けの「ポータブル水素カートリッジ」や小型FCシステムの開発に着手している。これは、内燃機関関連技術から、より広範な「エネルギー・モビリティ」技術への転換を示す好例である 19。

4. 影響を受ける業界と新たなビジネスチャンス

「新基準」の影響は自動車製造業にとどまらず、エネルギー産業、素材産業、運輸業など広範なセクターに波及する。

4.1 エネルギー産業:石油元売りから「燃料製造業」へ

日本の石油元売り各社(ENEOS、出光興産など)にとって、ガソリン需要の減退は死活問題であった。しかし、トヨタらによるCN燃料(e-fuel、バイオ燃料)対応エンジンの標準化は、既存の給油インフラと精製設備を活用できる新たなビジネスモデルを提示している。

  • 合成燃料サプライチェーンの構築: トヨタは三菱重工や石油元売り各社と連携し、CO2と水素から製造するe-fuelの商用化に向けたサプライチェーン構築を急いでいる 21。2025年大阪・関西万博では、これらのCN燃料を使用した車両が運行され、実証実験の場となった。これにより、石油産業は「化石燃料の販売」から「脱炭素燃料の製造・販売」へと業態転換を図るインセンティブを得ている。

4.2 化学・素材産業:水素社会を支える新素材

水素の貯蔵・運搬には、炭素繊維(CFRP)や特殊樹脂が不可欠である。高圧水素タンクの需要拡大は、東レや帝人といった日本の素材メーカーにとって大きな追い風となる。また、水素エンジンの燃焼制御には高度な触媒技術やセンサーが必要であり、日本ガイシやデンソーといった企業の高機能セラミックスやセンシング技術の需要を喚起する 22。

4.3 物流・運輸業界:商用車における「現実解」

物流業界における「2024年問題」以降、ドライバー不足と稼働率の向上が急務となっている。充電に数時間を要する大型BEVトラックは、長距離輸送においては稼働率低下の要因となり得る。 これに対し、充填時間が短く(15〜20分)、積載量を犠牲にしないFCEVトラックや水素エンジントラックは、物流事業者にとって魅力的な選択肢となる。2026年以降、港湾地区(ロングビーチ港でのトヨタの事例など)や幹線輸送において、標準化された充填プロトコルを持つ水素トラックの導入が進むことで、物流コストの上昇を抑制しつつ、スコープ3(サプライチェーン排出)の削減が可能となる 10。

5. 個人の生活と消費者への影響

「新基準」の導入は、日本の一般消費者のカーライフや家計にも直接的な影響を与える。

5.1 「選択肢」の維持とコストパフォーマンス

BEVへの強制的な移行は、車両価格の高騰や充電環境の確保が難しい集合住宅居住者にとって「移動の自由」を制限するリスクがあった。マルチパスウェイ戦略により、消費者は自身の生活環境(一戸建てかマンションか、都市部か地方か)や使用用途(近距離移動か長距離ドライブか)に応じて、HEV、PHEV、FCEV、BEVの中から最適なパワートレインを選択できるようになる。

特に、標準化によってコストダウンが進む次世代ハイブリッド車は、ガソリン車と同等の使い勝手を維持しながら燃費性能が向上しており、燃料価格高騰の影響を緩和する家計防衛策としても機能する。

5.2 「走る喜び」の保存

マツダのロータリーEVやスバルの水平対向ハイブリッドが示すように、新基準は「環境性能」と「走る楽しさ」の両立を目指している。エンジン音や振動をノイズとして排除するのではなく、ドライビングの昂揚感をもたらす要素として調律し直すことで、クルマを単なる移動手段(コモディティ)ではなく、趣味性の高い資産として維持しようとしている。これは、自動車文化の継承という観点からも、既存の自動車ファンにとって重要な意味を持つ 4。

5.3 エネルギーセキュリティと防災

PHEVやFCEVは、災害時における「動く発電所」としての役割も期待される。特にFCEV(ミライなど)は、一般家庭数日分の電力を供給できる能力を持つ。能登半島地震などの教訓から、分散型電源としての電動車の価値が見直されており、自宅にV2H(Vehicle to Home)機器を設置することで、エネルギー自給自足型のライフスタイルを実現する消費者が増えることが予想される。

6. 企業経営者の戦略:不確実性への対峙

日本の自動車メーカーおよびサプライヤーの経営層にとって、この「新基準」への合意は、極めて高度な経営判断の結果である。

6.1 トヨタ・マツダ・スバルの「協調と競争」

3社のCEOが強調したのは「共創と競争」である。CN燃料の基礎研究やモーター・バッテリーの規格化といった「非競争領域」ではリソースを持ち寄り開発スピードを加速させる一方、エンジンの味付けや車両デザインといった「競争領域」では各社の個性を磨く 3。これは、単独での生き残りが難しい中規模メーカー(マツダ、スバル)にとって、トヨタのアセットを活用しながら自社のアイデンティティを守るための最善の生存戦略である。

6.2 サプライヤー経営者の視点:多角化と深化

部品メーカーの経営者は、「脱・エンジン」の圧力と「エンジン存続」の可能性の狭間で、難しい舵取りを迫られてきた。新基準の策定により、当面の間はエンジン部品の需要が底堅く推移することが見通せたため、彼らは既存設備の稼働を維持しつつ、そこで得たキャッシュを水素タンクや電動化部品などの新規事業へ投資する「両利きの経営」を実践する時間的猶予を得たことになる 17。 豊田合成のように、自動車部品で培った技術を医療や環境ビジネスへ転用する動きや、トヨタ紡織のように「車室空間ソリューション」企業へと定義を変える動きは、今後のサプライヤー経営のモデルケースとなるだろう 23。

6.3 グローバルリスク管理としてのマルチパスウェイ

BYDなどの中国メーカーがBEVとPHEVで世界シェアを急拡大させる中 24、またBMWが独自の水素戦略を進める中 25、日本の経営者は「全方位」で備えることで地政学リスクを分散している。米国市場におけるIRA(インフレ抑制法)や関税障壁、中国市場における過当競争、欧州市場における規制の揺らぎなど、地域ごとに異なる変数に対し、最適なパワートレインを即座に投入できる体制(柔構造)を構築することこそが、日本企業の強みである。

7. 結論と2030年に向けた展望

2024年の3社合意に端を発するEV・水素ハイブリッド車の「新基準」策定は、日本の自動車産業が直面する「脱炭素」と「産業維持」という二律背反する課題に対する、極めて現実的かつ戦略的な回答である。

7.1 日本経済への長期的示唆

この戦略は、日本が強みを持つ「擦り合わせ技術(インテグラル型)」をデジタルの時代においても有効活用しようとする試みである。エンジンとモーター、燃料と触媒、ハードウェアとソフトウェアを高度に統合制御する技術は、一朝一夕に模倣できるものではない。この技術障壁を維持しつつ、水素やCN燃料という新たなエネルギーキャリアの標準化を主導できれば、日本は2030年以降もグローバル自動車産業のリーダーシップを維持できる可能性が高い。

7.2 残された課題:インフラとコスト

しかし、課題も残る。最大の懸念は「コスト」と「インフラ」である。水素ステーションの整備は遅れており、水素燃料価格も高止まりしている 26。また、合成燃料の製造コストをガソリン並みに下げるには、再生可能エネルギー由来の安価な水素が大量に必要となる。 政府の「GXリーグ」構想や、水素基本戦略に基づく補助金政策が、これらのインフラ整備をどこまで加速できるかが、マルチパスウェイ戦略の成否を握る鍵となる 18。

総じて、日本の「新基準」は、世界に対して「BEVだけが正解ではない」という選択肢を提示し、多様な技術の競争を通じて最適解を模索する健全なエコシステムを構築しようとしている。それは、日本の産業と経済活動において、単なる守りの戦略を超え、次世代のエネルギー社会をデザインするための能動的な挑戦と言えるだろう。

表1:日本のマルチパスウェイ戦略と世界の主要メーカー戦略の比較(2026年時点)

戦略要素日本(トヨタ・マツダ・スバル)中国(BYD・新興EV勢)欧州(VW・メルセデス)米国(テスラ・GM)
主力技術HEV, PHEV, FCEV, H2-ICE (全方位)BEV, PHEV (大容量電池+発電用エンジン)BEVシフト (一部e-fuel容認へ修正)BEV, 大型ICE (トラック/SUV)
エンジンの役割「主役級の脇役」:CN燃料対応、小型高効率化、動力源としても活用「黒子」:発電機としての役割に特化 (レンジエクステンダー的)段階的廃止 (フェーズアウト)大型車では残存、乗用車はBEVへ
燃料戦略水素、e-fuel、バイオ燃料、電力、ガソリン電力、ガソリン電力 (一部e-fuel)電力、ガソリン
サプライチェーン既存ティア1〜3を進化・維持 (雇用保護)電池・鉱物の垂直統合 (コスト競争力)抜本的再編 (EV専業化)電池工場への巨額投資 (IRA活用)
ターゲット市場グローバルサウスを含む全世界国内市場 + 輸出 (価格破壊)欧州域内 + 中国 (プレミアム)北米市場 (自国優先)

主な参照資料:

  • 合意内容と技術詳細: 1
  • 規制環境(Euro 7, EPA): 5
  • 水素技術・インフラ: 3
  • サプライヤー・経済動向: 16
  • グローバル競合状況: 24
  • 政府方針・GX戦略: 16

引用文献

  1. トヨタ、マツダ、スバル、電動化に適合する新エンジン開発を宣言 …, https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1595261.html
  2. トヨタ・スバル・マツダ エンジン技術合同発表、電動化と組み合わせ脱炭素, https://www.aba-j.or.jp/info/industry/21990/
  3. Subaru, Toyota, and Mazda Commit to New Engine Development for …, https://global.toyota/en/newsroom/corporate/40850156.html
  4. Subaru, Toyota, and Mazda Commit to New Engine Development for the Electrification Era, Toward Carbon Neutrality|NEWS RELEASES, https://newsroom.mazda.com/en/publicity/release/2024/202405/240528a.html
  5. When will Euro 7 be Introduced and what will change? – Toyota Malta, https://toyota.com.mt/when-will-euro-7-be-introduced-and-what-will-change/
  6. Meeting Euro 7 Regulations – Automotive IQ, https://www.automotive-iq.com/chassis-systems/how-to-guides/meeting-euro-7-regulations
  7. Flexibility and Targets: The Latest Developments in EU and UK Vehicle Emissions Policy, https://www.jonesday.com/en/insights/2025/06/flexibility-and-targets-the-latest-developments-in-eu-and-uk-vehicle-emissions-policy
  8. Biden-Harris Administration Finalizes Strongest Ever Greenhouse Gas Standards for Heavy-Duty Vehicles to Protect Public Health and Address the Climate Crisis While Keeping the American Economy Moving | US EPA, https://www.epa.gov/newsreleases/biden-harris-administration-finalizes-strongest-ever-greenhouse-gas-standards-heavy
  9. Greenhouse Gas Emissions Standards for Heavy- Duty Vehicles – Phase 3 – UNECE, https://unece.org/sites/default/files/2024-05/HDV_FE_Session1_US.pdf
  10. Key takeaways from stringent standards set by EPA’s new emissions rule | Cummins Inc., https://www.cummins.com/news/2024/04/15/key-takeaways-stringent-standards-set-epas-new-emissions-rule
  11. Toyota, Mazda, and Subaru Collaborating on Next-Gen Engines, https://www.caranddriver.com/news/a60926217/toyota-subaru-mazda-engine-development/
  12. The Engine Reborn–Three Companies Develop ICEs for …, https://toyotatimes.jp/en/toyota_news/multipath/002.html
  13. The 2026 Toyota Mirai: Driving the Future with Style, Range, and …, https://pressroom.toyota.com/the-2026-toyota-mirai-driving-the-future-with-style-range-and-innovation/
  14. Toyota Provides Technology Roadmap at the 2025 Hydrogen and …, https://pressroom.toyota.com/toyota-provides-technology-roadmap-at-the-2025-hydrogen-and-fuel-cell-seminar/
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  25. Why BMW’s Bet on Gas, Hybrids, EVs, and Hydrogen Is … – BMW Blog, https://www.bmwblog.com/2025/09/02/bmw-multi-drivetrain-strategy-future/
  26. 2025 Annual Evaluation of Fuel Cell Electric Vehicle Deployment …, https://ww2.arb.ca.gov/sites/default/files/2025-12/AB-126-Report-2025-Final.pdf
  27. Goodbye Electric-Only Cars – BYD’s Bold Move Towards Hybrid …, https://caradvisers.com/blogs/goodbye-electric-only-cars-byds-bold-move-towards-hybrid-and-hydrogen-vehicles

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